優しい人

優しい人

優しい人

 アパートからタクシーで20分くらいのところに大型マートができた。それまで、個人商店のような小さなマートか、それよりは少し大きめのスーパーしかなかった群山に初めてできた全国展開の大型マート。黄色がメインカラーのマート、と言えばわかるだろうか。食料品はもちろん、衣料品、生活雑貨、玩具、文房具など生活に必要なものすべてが揃い、フードコートもあるこの大型マートの誕生は、待ってました!と思わずガッツポーズを決めたくなるような嬉しさだった。

 週末になると、遠回りになるけどバスで市内まで行き、そこから10分程度タクシーに乗る。帰りはマート前からタクシーでアパートまで帰る。当時の私たちは車を持っていない学生だったから、タクシーに頼らざるを得なかったのだけれど、その時の群山ならタクシーの初乗りが170円程度だったから、負担になるほどでなかったのはラッキーだった。

 その日、わたしたちはいつものように市内までバスで移動し、市内の飲食店でランチをし、午後からタクシーでマートに向かった。そして、いつも通り海外マートにありがちな大きなカートを押しながら、必要な食料品や雑貨を選び、レジに並んだ。ベルトコンベアの上に商品を載せ、店員さんがバーコードを読み取り、お会計がどんどん進む。そして、いざお支払いという段階で、お財布がないことに気づいた。タクシー降りたときはちゃんとあったはず。

え?え?え?とりあえず、お会計を保留にしてもらい、そこらへんを歩き回り、どこかに置き忘れていないか探し回った。お店の外も探し回った。最悪、中身はなくなってもお財布だけでもごみ箱に捨てられていないかも探し回った。

 お財布には、クレジットカード、外国人登録証、おろしたばかりの現金数万円と、学生にしたらまぁまぁな金額の残高が印字されたATMの明細票が入っていた。夫の姉がプレゼントしてくれたお財布だけでもせめて戻ってきてほしかった。でも、もう、いろいろあきらめきれへんけど、あきらめなあかんやつ・・・。

 マートでのお買い物は申し訳ないけどキャンセルして、いったん家に帰った。アパートについてから家にあるお金でタクシー料金を払い、日本の親に電話し、クレジットカードをとめてもらった。もうどうしようもないけど、今日はとりあえず寝るしかないやん。

 次の日は日曜で、私の心とは真逆でよく晴れていた。仕方なしに、ベランダでお洗濯ものを干していたら、ピンポンが鳴った。ピンポンが鳴るときはたいていしつこい宗教の勧誘だったから、この朝のピンポンはただでさえささくれてる私の神経を逆なでするかのようだった。

 夫が対応したのだが、ピンポンを鳴らしたのはなんと警察の方だった。昨日、お財布の落とし物届けがありました。中身を確認すると、外国人登録証があって、その住所がこちらだったので伺いました、といった内容のことを言われた。中身を確認するように言われて、その場で確認したのだが、すべてが完璧なまでにそのままだった!クレジットカードも、現金も、明細票までもがそのままだった。

本当に信じられなかった。 

警察の方にお礼を言い、落とし物をとどけてくれた方の連絡先を聞き、すぐに電話した。お礼をお伝えし、なにか形でもお礼をさせていただいたいと申し出たのだが、それは丁寧に固辞された。当然のことなのでそこまでしていただかなくても。と。本当にそんなことがあるんや。しかも自分の身に起きたんや。世の中にそんな奇特な人がほんまに存在するんや。

 ほんまにほんまにありがたかった。いったんは、あきらめたすべてのものが、そっくりそのままで戻ってきたのだから。名前も顔も知らない方だが、今も私の中で、とても優しかった人として記憶している。

답글 남기기

이메일 주소는 공개되지 않습니다. 필수 필드는 *로 표시됩니다

이 사이트는 스팸을 줄이는 아키스밋을 사용합니다. 댓글이 어떻게 처리되는지 알아보십시오.