馬耳山

馬耳山   私は、たぶん巨象恐怖症だと思う。公園などに立っている偉人か何かの銅像もダメだし、像的なものは全部ダメ。特に仏像系は大きさに関わらず無理だ・・・。何が無理って、もうその雰囲気とか空気感含めて、とにかく怖いのだ。前世ではよっぽどの悪人だったのだろうか。息が苦しくなるくらい圧倒されてしまい、正気でいられなくなる。神社仏閣の多い奈良県民なのに!しかし、こんな私でも、唯一何とか大丈夫な場所がある。それが、全羅北道鎮安にある、馬耳山という山だ。   馬耳山については、コネストなどを見ていただいたほうが詳しくお分かりいただけると思うのでここでは割愛させていただく。   大学の社会人向け英語講座のオンニたちに誘われて行ったのが、わたしの初めての馬耳山だった。ひとりのオンニの旦那さんが車を出してくれて、英語の先生も交え、7-8名で向かった。 目指すのは塔寺と呼ばれるお寺だ。そこまでの道は2ルートある。階段をひたすら上っていく道と、反対側の平坦だけどひたすら歩く道。このときわたしたちは、平坦な道を歩くほうのルートの駐車場に車をとめた。お天気はよかったけれど、冬で雪が積もっていた。冷えた山の空気と静寂な雰囲気に包まれて、とても気持ちのよい道だった。ふだんなら、この静寂さが怖すぎて耐えられなくなるのだが、不思議と気持ちがいいと感じた。塔寺へと続く道の脇には、訪れる人が小さな石を積み上げて作った小さな石塔?があちらこちらにある。わたしたちも、小さな石を拾っては、それぞれの願いを込めながら石塔の上に載せて歩いた。   ようやくたどり着いた塔寺は、見上げるほどの石塔がいくつもそびえたっていて、その神秘さには若干恐怖を感じるほどだったが、これがいわゆるパワースポットなのだと思う。韓国らしい黄金の仏像が鎮座するお寺内部も拝見したが、過呼吸になることもなく意外にも大丈夫だった。   日本だと、御朱印だとかお守りだとか物販販売もあるのだが、この時馬耳山はそういったものはなく、お参りした証に足元の小さな石を載せていくことだけがお参りした証だった。 この時のわたしはこれで十分だった。とても楽しかったし、初めての馬耳山を満喫した。   この何年か後に、プライベートで夫とふたり再び訪れるのだが、このときは反対側の駐車場にとめたので、過酷な階段をあがっていくルートだった。こちらはかなり大変だ。階段の途中で薬水?を飲めるところがあったりもして、体の中から浄化された感はあったけれど、おススメとしては、平坦な道をひたすら進むルートだろう。距離は歩くけれど、韓国のお寺の参詣道には、何といっても所々に素晴らしいお店がある。豚焼肉のお店や、マッコリとチヂミを出してくれるお店や、伝統茶を出してくれる茶店。何が楽しいって、そういうお店に帰りに寄るのが楽しいのだ。不純な動機だとは思う。だけど、韓国の山寺を訪れるのは、こんな楽しみ含めてだと思う。   もし、韓国旅行で少し時間に余裕があるのなら、山寺にも一度足をのばしてほしい。ソウルのパワフルな賑やかさから少し離れた静寂と澄んだ空気を味わえると思うし、山寺への道すがら楽しむ自然の中での食事やお茶は格別だと思う。  

たくあんは正義だ

たくあんは正義だ  郡山は、全羅北道に属し、ピビンパで有名な全州からも近い港町だ。全羅道は、お米の産地も多く、美味しいものが集まっている。だから、食事はどのお店に行っても、相対的にハズレがなかったし、食べることは大きな楽しみであった。ただひとつ、不満があったとすれば、美味しい洋食に出会えないことだった。美味しいパスタが食べたかった。猛烈に食べたかった。  日本で大学生だった頃、わたしは友達数人と、世界のごはんを食べる会というものを不定期で開催していた。開催というほどでもないが、韓国を始め、スペイン料理やインド料理、」ロシア料理など大阪にあるいろんな世界のお店に行っては、食を堪能した。知らないものや、見た目で味の想像がつかないものを食べるのは本当に楽しかった。だから、いくら韓国料理が美味しくても、たまには違う国のものが食べたかった。だけど、当時の群山にはそんなこじゃれたお店は一軒もなかったし、ソウルですら難しかったと思う。  パスタを食べたい欲が、日に日に大きくなってきたころ、アパートから自転車で20分くらいのところに、なにやらおしゃれな洋風の建物が建てられ始めた。そして、その建物は期待を裏切らず、イタリアの国旗を掲げたイタリアンのお店としてオープンした。群山初のイタリアンのお店だった。これは行くしかない!行くやろ、行かなあかんやろ!  いてもたってもいられず、ある日そのお店に夕ご飯を食べに行ってみた。中も洋風でおしゃれなソファー席があり、雰囲気もよかった。よい意味で、韓国っぽさはかけらもなかった。さて、何を食するか。これは大事だ。このお店は何を得意とするのだろうか。メニュー選びは慎重を期するものと思われた。  だが。  メニューは多くなかった。コースもなかった。肝心のパスタは、トマトソース一択だった。日本の手ごろなチェーンのイタリアンでも、パスタは数種類ある。和風・トマトソース・オイル系・クリーム系はマストだろう。そして、わたしは、オイル系とクリーム系が大好きだ。残念ながら、トマトソースは得意ではない。 トマト・・・。いや、美味しいねんで、美味しいねんけど、赤色じゃなくていいんやけどな。 日ごろ赤色の食べ物を見慣れすぎているわたしは、ここはやっぱり、オイル系かクリーム系でいきたかった。いたしかたあるまい。ないものはないのだ。郷に入れば郷に従えなのだ。 もしかしたら、めっちゃ美味しいトマトソースかもしれない。過去イチのトマトソースに出会うかもしれない。わたし的には健気な期待とでもいうべき心情で、トマトソースをオーダーし、供されるのを待った。  まぁ、そんなもんよね。うん、わかっててん、わかっててんけど、うん、なんかあれやな。  そして、やはり、パスタと一緒に供された小皿には、キムチとたくあんがしっかりのっていた。韓国においては、どんなときでも、キムチとたくあんは正義なのだ。なくてはいけないのだ。それを含めてこそ、パスタが完成するのだ。  だけど、あの頃のわたしは、たくあんとキムチとトマトソースは悲しみでしかなかったという小さな思い出のお話でした。