たくあんは正義だ
郡山は、全羅北道に属し、ピビンパで有名な全州からも近い港町だ。全羅道は、お米の産地も多く、美味しいものが集まっている。だから、食事はどのお店に行っても、相対的にハズレがなかったし、食べることは大きな楽しみであった。ただひとつ、不満があったとすれば、美味しい洋食に出会えないことだった。美味しいパスタが食べたかった。猛烈に食べたかった。
日本で大学生だった頃、わたしは友達数人と、世界のごはんを食べる会というものを不定期で開催していた。開催というほどでもないが、韓国を始め、スペイン料理やインド料理、」ロシア料理など大阪にあるいろんな世界のお店に行っては、食を堪能した。知らないものや、見た目で味の想像がつかないものを食べるのは本当に楽しかった。だから、いくら韓国料理が美味しくても、たまには違う国のものが食べたかった。だけど、当時の群山にはそんなこじゃれたお店は一軒もなかったし、ソウルですら難しかったと思う。
パスタを食べたい欲が、日に日に大きくなってきたころ、アパートから自転車で20分くらいのところに、なにやらおしゃれな洋風の建物が建てられ始めた。そして、その建物は期待を裏切らず、イタリアの国旗を掲げたイタリアンのお店としてオープンした。群山初のイタリアンのお店だった。これは行くしかない!行くやろ、行かなあかんやろ!
いてもたってもいられず、ある日そのお店に夕ご飯を食べに行ってみた。中も洋風でおしゃれなソファー席があり、雰囲気もよかった。よい意味で、韓国っぽさはかけらもなかった。さて、何を食するか。これは大事だ。このお店は何を得意とするのだろうか。メニュー選びは慎重を期するものと思われた。
だが。
メニューは多くなかった。コースもなかった。肝心のパスタは、トマトソース一択だった。日本の手ごろなチェーンのイタリアンでも、パスタは数種類ある。和風・トマトソース・オイル系・クリーム系はマストだろう。そして、わたしは、オイル系とクリーム系が大好きだ。残念ながら、トマトソースは得意ではない。
トマト・・・。いや、美味しいねんで、美味しいねんけど、赤色じゃなくていいんやけどな。
日ごろ赤色の食べ物を見慣れすぎているわたしは、ここはやっぱり、オイル系かクリーム系でいきたかった。いたしかたあるまい。ないものはないのだ。郷に入れば郷に従えなのだ。
もしかしたら、めっちゃ美味しいトマトソースかもしれない。過去イチのトマトソースに出会うかもしれない。わたし的には健気な期待とでもいうべき心情で、トマトソースをオーダーし、供されるのを待った。
まぁ、そんなもんよね。うん、わかっててん、わかっててんけど、うん、なんかあれやな。
そして、やはり、パスタと一緒に供された小皿には、キムチとたくあんがしっかりのっていた。韓国においては、どんなときでも、キムチとたくあんは正義なのだ。なくてはいけないのだ。それを含めてこそ、パスタが完成するのだ。
だけど、あの頃のわたしは、たくあんとキムチとトマトソースは悲しみでしかなかったという小さな思い出のお話でした。